読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

地方銀行員が東京のベンチャーで働いたら

新卒で地方銀行員になった少年が、1年半後東京のベンチャー企業で働くお話

0か10か。

この週末は、職場のソフトボール大会!
懇親を図るためのスポーツほど、僕の苦手なイベントはありません。
決して、スポーツが苦手ということではありません。

理由は、目的は勝つことではないからです。
真剣しか知らない僕に、7割の力でプレーすることほど、難しいことはありません。

 

僕は、小さなころから

0か10しか必要ないと考えていました。
これは、早い段階から勝ち負けしかない野球の世界に入ったことが原因かもしれません。
9人に選ばれなければ、試合にも出れない世界です。

5割や7割で楽しむって必要あるの?
何事もやるなら、徹底的にやらないいと意味なんじゃない??

中途半端にやるくらいなら、やる価値ないんじゃない?

これは、幾度となく壁にぶつかった時に出てきた疑問でした。
もちろん、私が完璧を目指した企画でも、
完璧に程遠く、イベントの本番を迎えてしまったことも多々あります。
常に完璧を体現できていたとは、言えません。
 

よく先輩(パートナー)に言われたことは、

「考えすぎなんちゃう?」という言葉でした。

僕にとって、考えないことは、参加して下さるゲストに失礼であるという思いがありました。
例え、同じ結果でどうであろうと考えた時間が長いことが
アマチュアな学生の僕なりの敬意の表し方だと考えています。

だからこそ、カタリバの人や社会人やテツ、たかと、よしのぶと言ったメンバーと
短時間であれだけの関係を築けたのかもしれません。

いい結果のための議論に相手を思いやる優しさなんて必要ありません。
もちろんその土俵の外では、相手を思いやる優しさは、大切だと思っています。

これは、日本人の横並びの意識に僕は起因していると考えています。
お互いがお互いを牽制しあい、そこそこであれば良い。
これは、一億総中流という時代の言葉にも反映されているんじゃないでしょうか。
 

この考え方は、地域の経済を見ていても一緒です。
要らないものを要らないと言えない社会。
ホンネのない建前の社会。

無駄なものに延命措置を施してしまう社会。

 

今、日本に必要なのは、
要らないものを要らないと言える人間。
そして、社会の全ての人が、必要とされる人間になれるために

努力することではないでしょうか?

自らの価値を見出していかねば、生き残れないのです。
これが日本の底上げにつながります。

そして、政治は努力したいと思う人間に機会を与えることに注力せねばならないのです。

もう一度、周りの無駄に目を向けてみてはいかがでしょう。